鳥井の慟哭を見たその夜、俺は屋上で話をしたあのときにあちら側に踏み込まなかったことを後悔した。もちろん普通の人間である俺に何ができるわけでもないのだが、それでも独りでいるよりはずっといい。それを知っていて実行できなかった自分がイヤだった。だから、次の日に鳥井に言ったのだった。「詳しく訊いてもいいか?」と。
最初、鳥井は迷っていた。今の状態なら、話さなければこれ以上関わらせることはない。しかし、話してしまえば後戻りは許されなくなると言った。
それは事実上の最後通告。けれど、俺はもう迷うことはなかった。迷った挙句、何も出来なかったせいで誰かを苦しめることはもうイヤだった。独りよがりかもしれないが、後悔するなら何かをやって後悔したかった。
「――――わかったわ。なら、放課後にここで」
スッと、メモ用紙を渡してきた。そこには丁寧な字で住所が書かれていた。
「あいつ、こんなところに住んでるのかよ……」
目の前にそびえる建物を見上げ、感歎の声を漏らす。鳥井に渡されたメモに書かれた住所。そこは先月落成したばかりのマンションだった。周りに建つ他の建築物に混じれず、そこだけ空気が違うように感じる。言ってみれば、大量生産の和菓子の詰め合わせの真ん中に、パティシエ渾身の洋菓子が入ってる感じだ。
ほんと、見事としか言いようがないほどのミスマッチ。
ひとしきり感心したあとで、ここに来た本来の目的を頭の中で整理し、切り替える。
二度、三度と深呼吸をした後で、鳥井の部屋のインターフォンへと手を伸ばす。
『はい。鳥井です』
いつもより少しくぐもった声がインターフォン越しに聞こえてきた。
「白河です」
『今から鍵を開けるから、入ってきて。オートロックまでは30秒だから、気をつけて』
「わかった」
会話が止むと同時に、カチリとロックの外れる音がした。
防弾ガラスだろうと思しき、分厚いガラスをはめ込んだ自動ドアを抜けた先にあったのは5m四方の空間と、さらにもう一枚のドアが行く手を阻んでいた。
――――カチッ。
聞いてないドアの存在に気を取られているうちに、背後でロックされる音が聞こえた。
「……マジかよ」
閉じ込められるとは、さすがに予想外だった。
向かって左手側の壁にあるのは、おそらく先へ通じるドアを開くための機械なのだろうが、暗証番号やパスワードらしいものを聞いていない俺には操作しようがない。それに、カードを通すための溝と思えるものや、指紋認証用らしきパネルもあり、たとえ聞いていたとしてもこのドアを開くことはできるはずがなかった。
どうするかなと、携帯をコートのポケットから取り出して手の内で弄ぶ。鳥井の携帯番号もメールアドレスも知らないから、連絡しようもない。
と、軽く途方に暮れていると、ひとりでに先へと続くドアが開いた。その先には、初めて見る私服姿の鳥井。
「先に二重になっていることを説明しておくべきだったわね。ごめんなさい……」
「別に謝るほどのことじゃないって」
頭を下げようとする鳥井を制して、言葉を紡ぐ。
「ありがとう。それじゃ、部屋まで案内するわ」
先導して歩きだす鳥井。俺もその後に続いて、広大なホールに足を踏み入れる。俺の家も、小学校時代の友達曰く『かくれんぼしたら終わらないくらい大きい家』らしいが、それとは違う広さを持った空間。少し圧倒される気がしないでもない。
鳥井に聞いたところ、このマンションは地上10階建て。地下も含めると12階らしい。地上1階はエントランスホールになっていて、住居スペースは2階からになっているとのこと。そして地下1階は簡易的な娯楽施設に、地下2階は駐車場になっているという。
近隣の都市部へのアクセスは、御歳市が私鉄の終着駅であることからも分かるとおり、あまりよろしくはない。それなのにここまで大きなマンションが必要だったのだろうかと思う。実際、国道沿いで少ないとはいえ周囲には住宅もあり、言われてみれば何かの団体がシュプレヒコールを上げていた記憶がある。
「ここがわたしの部屋よ」
ちょうど話が一区切りしたそのとき、鳥井はそう言って足を止めた。そこは、最上階の一番東に位置する部屋の前だった。そして、財布からカードキーを取り出し、それを通す。
ピッという電子音と共に鍵が開く。
急に、心臓のリズムが速くなった。それまでどこか薄かった現実味が一気に押し寄せてくるように感じた。それは、これから鳥井の部屋に入るということを認識した瞬間だった。
落ち着け、俺。たかが同級生の家で話を聞くだけじゃないか。焦ることなんて何もない。
「どうぞ。あがって」
いつの間に上がっていたのだろう、鳥井の声が部屋の中から聞こえてくる。
「――わかった」
ドアの内側に足を踏み出す。向きを正して揃えられたクツが、いかにも鳥井らしい。
心臓はさっきから変わらず速いリズムを刻んでいるのに、そんなことだけ冷静に考えられる自分が恨めしい。どうやらマンションに入る前の切り替えは何の意味も為さなかったらしい。
「どうかした?」
なかなか上がってこない俺を不審に思ったのか、リビングと思われる部屋から顔を出す。
「いや。ちょっと驚いてただけだ」
言いつつ、軽く一息吐きだした。もう一度脳のスイッチを切り替え、心を落ち着かせる。
よし。もう大丈夫。
鳥井に倣って靴を揃え、ようやく鳥井が暮らす部屋へ足を踏み入れる。それから最初にとった行動は、失礼だと思いつつも室内を見渡すことだった。
マンションに入ったのはこれが初めてなので、他と比較はできないけど、かなり広いんじゃないだろうか。
「こっちよ」
と、通されたのはさきほど鳥井が顔を出した部屋だった。予想どおりリビングなのだろうが、広さと相まって物が極端に少なく感じる。
その中である物に目が留まった。それはどこにでもあるCDデッキのはずなのに、なぜかそれだけ、他の家具や電化製品と違って見えた。
「ごめんなさい。耳触りかしら?」
俺の視線の先にある物に視線を向けた鳥井は、スイッチに手を伸ばそうとする。
「いや、そういうんじゃないんだ。ただなんとなく見てただけなんだ」
そう、と一言だけ残して、部屋から出ていく。
鳥井を見送ったあと改めて目を向けると、そこにはG線上のアリアを流す何の変哲もないCDデッキがあるだけだった。
「それじゃ、何から話そうかしら」
二人分の紅茶を淹れて戻ってきた鳥井と、テーブルを挟んで向き合う形で座る。
「前のときには、ナイトメアウィルスについて簡単に話しただけだったわね」
「夢幻世界の原因はナイトメアウィルスだ、ってやつか?」
屋上で鳥井と会話したことを思い出し、言葉にする。
たしか、夢幻世界ができるのがナイトメアウィルスのせいで、その夢幻世界内には感染者と、使徒、そして夢想具を持つ人間だけが存在できるってことだったはず。
「ええ。それじゃ、まずはもう一度ナイトメアウィルスについて話しましょうか。でも、ナイトメアウィルスについて分かっていることは、正直あまりないわ。わたしたちは『ウィルス』と呼んでいるけれど、そもそもその呼称が正しいかどうかすら分からないのが現状だから。だから憶測の部分は省いて、今、私たちが理解していることから説明していくわね。
まず、ナイトメアウィルスと私たちが呼ぶモノ――ややこしくなるから、これからはナイトメアウィルスで通すわね――を発見したのは、脳科学者であり、医師でもある瀧村という人物。けれど、学会での彼はマッドサイエンティストとして有名だったせいで、誰もその論文に目を向けなかった。そのせいで、彼のナイトメアウィルスに関しての研究内容は不明とされているわ。だから、今から話すナイトメアウィルスの研究成果は、実質わたしたちによるものなの。それを念頭に置いて聞いて。
まず、ナイトメアウィルスに感染する可能性があるとされている人間は、全世界の人口のおよそ95%と言われているわ。この数字だけで、どれだけ危険かは分かってもらえると思う。それからナイトメアウィルスの症状だけど、4つの段階に分けられていて、早ければ一ヶ月以内に。遅くても三ヶ月以内には感染者の消滅が報告されているわ。つぎに4つの段階それぞれの説明をするわね。
まず第一段階目。『ウェイクステージ』もしくは『ノーステージ』。これはあると言われてるだけで、実際にどうなのかは分からないの。感染者本人に自覚症状はないし、ましてや他人から見てそうだと分かるような症状もない。そうね……。潜伏期間みたいなものと考えればいいわ。
つぎに第二段階目『ドリームステージ』もしくは『ファーストステージ』ね。この段階がナイトメアウィルスの症状で一番長い期間であり、主な症状ね。夢幻世界はこの段階から見られる現象なの。個人差はあるけれど、大体二週間から二ヶ月くらいあるわ。
続いて第三段階目『ロストステージ』もしくは『セカンドステージ』に移るわよ。この段階はほとんど二段階目と変わらないわ。違うのは、二段階目の感染者は動けないけれど、三段階目の感染者はウィルスによって自由に操られるということね。それと、この第三段階は後からできた段階だと考えられてる。ウィルスにとっての敵がいなければ、二段階目と同じく動く必要がないからというのがその理由らしいわ。このことから、ナイトメアウィルスは初期の頃よりも進化していると言われている。
最後が『ミッシングステージ』もしくは『エンドステージ』よ。この段階は確かに存在するんだけど、どうすることもできないという点で第一段階目と同じ。理由は、この段階に入ったら感染者はこの世界から消滅してしまうからよ。だから、ナイトメアウィルスを消して、なおかつ感染者を助けることができるのは第三段階目までの間。でも、ほとんどの構成員は第三段階に遭遇すると、感染者ごと消去する方法をとることが多いわ。第二段階と違って第三段階は期間が短いし、なおかつその期間も不安定すぎる、というのが理由ね。ナイトメアウィルスについては、このくらいかしら」
そこで一旦口を閉じ、紅茶に手を伸ばす鳥井。
「ここまではいいかしら?」
「……悪い。ちょっとタイム」
さすがに、一度にこれだけ説明されるとキャパシティオーバー気味だ。
情報を整理するためにも、疑問に思った部分は補うようにしないといけない。
「そうね。わたしも一度に説明しすぎたかもしれないし、以降は気をつけるわ。それで、今までで何か訊きたいことはある?」
「そうだな。まず一つめ。ナイトメアウィルスに感染する可能性のある人間は、世界人口の約95%だって言ってたけど、それならもっと、例えばニュースとかにも出てて然るべきじゃないか?」
まず疑問に思ったのは、このことだった。俺は今までこんなウィルスのことを耳にしたことはない。それだけ多くの人間が感染する可能性があるのなら、もっとウィルスに関する情報があってもいいはずだ。
「それは簡単なことよ。誰もウィルスの存在を信じないから、ニュースにする意味がない。もっとも、夢幻世界が発現する前に感染者が発見されて、意識不明の状態で病院へ、っていうことならいくらか事例はあるけれどね。それに組織が情報操作をしているから、余程のことがなければ一般に広まることはないわ」
「なるほどな」
誰もその存在を信じないから、情報が広まらない。認知されなければ、最初からないことと同義ってことか。都市伝説の逆パターンみたいなものかもしれないな。
「じゃあ、次の質問。学会に論文を発表した瀧村、だっけ? 名前が分かってるのに、研究は不明っておかしくないか? 誰か分かってるなら、本人に話を聞きにいけばいいんじゃないのか?」
「それはできなかったと聞いてるわ。組織の設立が今から9年前。そのとき瀧村医師はもう故人だったもの。10年前くらいだったかしら。自宅で服毒自殺を図ったの。自宅に火を放った後に毒を飲んだらしいから、研究成果や資料は全て灰になったらしいわ」
10年前に自殺か。どこかで聞いたような気がするけど、ニュースか何かだろうな。
「最後にもう一つ。感染者は最後消滅するって言ったよな。それは死ぬってことに対してのメタファーじゃなくて、文字通りの消滅なのか?」
鳥井は確かに消滅と言ったが、俄かには信じられることじゃない。まだ鳥井の側に行けてない俺にとっては、不可思議すぎることだ。
「ええ。文字通りの消滅よ。――――と言っても、人によって解釈は違うみたいだけど。わたしの直属の上司は弾けるって表現していたし」
「鳥井もそれを見たことが?」
「あるわ。何度もね。わたしが最初にそれを見たときの印象は……世界に溶けているみたい、だったわ……」
不快な記憶だったのだろう。返答する鳥井の表情に影が落ちる。カップを持つ右手に力が入ったのか、小刻みに震えている。
「悪い。思い出させたか……」
「いいの。もう慣れたことよ」
鳥井はもう一度、カップを口に運ぶ。その表情にさっきまでの暗い影はなかった。
「まあ、ウィルスに関してはこれくらいかな。続き頼む」
今聞いたことを頭の中で整理し、聞きたかったことを聞き終えたことを確認した俺は、鳥井に続きを促す。
鳥井は、今度からは気になった時点で言ってくれていいからと前置きして話し始める。
「それじゃ、次は夢幻世界について話すわね。夢幻世界――通称“ファンタズマゴリア”は、ウィルスに感染した人の夢が現実世界に侵食してできた、言わば結界みたいなもの。ただ、夢想具を持たない人が夢幻世界に入ることは今まではあり得なかったから――――」
そこで一度言葉を切って、俺の顔を複雑な表情で覗き込む。俺というイレギュラーが覆したんだと言わんばかりだ。
「科学班に言わせると『認識されている現実世界とズレた空間』らしいわ。その中に存在できるのが、感染者本人、使徒、それとわたしのように夢想具を持つ人間ね」
「質問、いいか?」
「なにかしら?」
「使徒って、この前俺たちを襲ってきたやつか?」
人間の姿をしていながら、人間の気配を纏ってはいなかったモノ。あの醜悪で不気味極まりない、虚ろな光を湛えた双眸を思い出して、思わずそのイメージを消し去るように頭を軽く振った。
「そう。あれが使徒。正確には『虚夢の使徒』と呼ばれているモノ。夢幻世界内に存在する異物に攻撃をしかけてくる防衛プログラムとわたしたちは見ているわ。一体ずつなら決して驚異にはなり得ないけれど、以前みたくあれだけの数が集まるとやっかいな存在になるわね」
まあ、あれはかなり特殊な例だけど、と付け足す鳥井。
「夢幻世界内には、極まれにあの公園のような“悪夢溜まり”と呼ばれる場所が存在することがあるの。夢を見ている感染者にとってマイナスのイメージが強い場所が夢幻世界内にあると、そこからは使徒が普段とは比べ物にならないくらい出てくる。そうね……これはわたしの想像だけど、例えば白河くんが不快なイメージを抱いている場所に行くと、無意識の内に警戒することがあると思うの。それと同じことだと思うわ」
「つまり、そこだけプログラムが過剰反応するってことか?」
無言で首肯し、立ち上がる。
どうやら、冷めた紅茶を淹れなおすらしかった。
鳥井が紅茶を淹れなおしているあいだすることもない俺は、部屋の南側にある窓から空を仰ぎ見た。
夕焼けのオレンジと、それに照らされた金色の雲が流れていく景色は、どこか郷愁を誘うような気がする。神秘的な、それでいてどこか見ている者を不安に誘うような複雑なこの時間の空。逢魔が時とは言い得て妙だと、ふとそんなことを思った。
「――――綺麗な色ね」
いつの間に戻ってきたのか、さっきまでと寸分違わぬ位置に腰を下ろした鳥井は、同じように四角く切り取られた空を見ていた。
その声音から何を見ているのか感じ取った俺は、簡素な同意しか口にできなかった。
「……続けましょうか」
鳥井の口からその言葉が出たのは、それからすぐのことだった。
「今日はありがとな」
話を聞き終えて、今は鳥井と二人マンションの前。すでに空には、星々がその存在を主張するかのように鮮やかに瞬いていた。
あの後、帰宅時間が遅くなるからという理由でそこから話は簡潔になったが、それでもナイトメアウィルスを取り巻く一連の情報はなんとか把握できた。敵対する二つの組織のことに、夢想具のことなど、これから一緒に行動するうえで重要な意味を持ってくると思う。
「感謝されるようなことはしてないわ。最終的には、ウィルスを消去するのに必要な時間を短縮するためにわたしが選んだことよ」
ともすれば冷たいとも取れる発言だが、鳥井の真意は十分に伝わっていた。「わたしが判断したのだから、あなたはイヤになればいつ元の生活に戻ってもいい」と。
それは鳥井なりの優しさの表現なのかもしれなかった。
「そうだ。できればさ、ケータイの番号とアドレス教えてくれないか? 夢幻世界内では使えなくても、お互い連絡は取り合えたほうが便利だろ」
「……そうね」
少しの間逡巡していたが、携帯電話を取り出して、開く。
赤外線通信をしようと距離が近くなったところで、タイミングを見計らったかのような大声が響いた。
「あー!! センパイがナンパしてるー!! 環というものがありながら最低ですねコンチクショウは!」
「ちょっとお兄ちゃん! 何やってるの!?」
何もやましいことはないのだが、大声に怯んで鳥井から距離を取る。鳥井も何事かと、大声を発した二人組の方に目を向けて固まっている。
その視線の先には、よく見知った二人組が立っているはずだ。いや、はずじゃなくて100%間違いないだろうけどな……。
「……お兄ちゃん?」
鳥井の視線が、近づいてくる二人と俺に交互に向けられる。
そういえば美咲のことは鳥井に言ってなかったな。
「すみません。うちの兄がご迷惑をお掛けしまして……」
顔が見える距離まで近づいてきた美咲が鳥井に頭を下げる。
弁解するヒマもなく、俺がナンパしていることに確定されている。さすがに、もうちょっと兄を信じてもいいんじゃないかと思うぞ、俺は。
「日頃の行いのせいじゃないですかねー」
「うるさいっつの。そんな行いはしてねーよ」
じゃれついてくる環を軽くあしらいながら、さっきまで立っていた位置に戻る。
そこでは、美咲が申し訳なさそうな顔をしていた。
「白河くんの妹さん?」
「はい………………って、え? 白河くん?」
「はじめまして。白河くんのクラスメイトの鳥井深愛です。空を飛ぶ『鳥』に、市井の『井』で鳥井、『深』い『愛』で深愛って読みます」
学院で聞いた最初の自己紹介よりは、幾分柔らかめのトーンだった。まったくの他人じゃないと分かったからかもしれない。
「あ。わ、わたしは白河美咲っていいます。白鳥の『白』に、河川の『河』、花が『美』しく『咲』くで美咲です。お兄ちゃんがお世話になってます」
ガラにもなく緊張した感じの美咲は、鳥井に合わせて自己紹介している。
「美咲さんね。わたしは最近ここに越してきたばかりだけど、これからよろしく」
「はい。よろしくお願いします。鳥井先輩」
どうやら、鳥井のおかげで不名誉なレッテルは曖昧になって消え去ったらしい。
「センパイ。変態さんのレッテル貼られなくてよかったですね〜」
「その原因を作ったやつが言うセリフじゃないだろ……」
「ま、それはいいじゃないですか。それより鳥井センパイでしたよね。環は水星の『水』に、杜子春伝の『杜』、連環の計の『環』で水杜環です。サキちゃんやセンパイとは違う学校ですけど、よろしくお願いされてください!」
「こちらこそよろしく。環さん」
「それでセンパイ。これからサキちゃんとご飯食べに行くんですけど、センパイたちもきます?」
聞いてみると、美咲たちはモーントリヒトに向かう途中で俺たちを見つけたらしい。
俺に連絡もなく……、ということには敢えてツッコまないでおくことにした。
「俺は二人がよければ行こうかな。鳥井はどうする?」
「ごめんなさい。わたしはこれから所要があるから、また誘ってちょうだい」
だと思ったが、鳥井はやっぱり断った。
「そうですか……。残念ですけど、用事があるならしょうがないですね。またの機会にお誘いします」
美咲もそれ以上言っても結果は変わらないと思ったのか、潔く引いた。
「それじゃ、また明日な。鳥井」
chapter-1