chapter-3

「し……か……く……」

 枕元で誰かが話しかける声が聞こえる。

 しかし、暖かいまどろみに浸る俺には、その声に答えることはできない。身体が休息を欲しているのだ。

 寝返りをうって、ズレた布団を引きあげて徹底抗戦の構え。

「しら……わ……くん」

 何度言われても起きたくないものは仕方ない。あれだけ激しい戦いをしたんだから、もう少しくらい寝かせてくれても…………………………って!

 急速に意識が浮上する。それと同時に、記憶も奔流となって思い起こされる。

「鳥井! ……づっ!」

 勢いよく身体を跳ね上げると、身体中から嫌な痛みが四肢を上ってくる。その予期せぬ痛みに、俺は顔をしかめざるを得なかった。

「だ、大丈夫?」

「……なんとか」

 あまり大丈夫じゃない気がするが、なんとか気力で笑顔を作る。

「……大丈夫じゃないみたいね」

 鳥井の苦笑が耳に届く。って、どうして鳥井が俺の部屋に? と思ったが、痛みに眩んでいた目を開けると、そこは俺の部屋ではなかった。

 白に統一されて清潔感に溢れているが、しかしどこか負の気配を湛えるそこは、病院の一室だった。

 室内に二脚あるうちのベッドの入口側――つまり俺の左隣りだ――に腰掛けた鳥井は、薄い緑色の入院患者用のパジャマを着ていた。

 首筋や左手など、ところどころに白い包帯が見え隠れしているが、それ以外は大丈夫そうで、大した傷はないようだった。

「傷は大丈夫か?」

 それでも一応、確証を得るために尋ねてみる。

「見ての通りよ。むしろ重傷なのは白河くんでしょう」

 人のことばかり云々という、その後に続いた小言は華麗にスルーして、もう一度室内をぐるっと観察する。

 どこからどう見ても普通の病室だな。

「で、どうして俺たちは病院にいるんだ?」

 確か、俺はおじさんを倒したその後で気を失ったはずだ。

「白河くんが気を失ったそのすぐ後に、組織の人がわたしたちを発見してくれたの。神林さんの指示で、ここ数日の間、何人かわたしたちに付いていたらしいわよ」

「……そっか。お礼、言わないとな」

 直接助けてくれた組織の人たちはもちろんのことだが、神林さんにも言わないといけない。死んでもなお、神林さんは俺たちを助けてくれたことになるのだから。

 本当に、あの人がいなかったら今の俺たちは絶対になかったと断言できる。たった数週間の短い付き合いだったが、あの人に教えられ、助けられたことは多い。

「……そうね」

 鳥井も俺と同じことを考えているのか、その表情はどこか翳りを帯びていた。俺より遥かに付き合いの長い鳥井だ。思うところは多々あるのだろう。

 俺も鳥井も、それから口を開くことはなく。

 時間が止まったかのような静寂の世界で、南向きにある窓から差し込む陽光の煌きだけが、緩やかな時間の流れを示していた。

 

 

「ま、大事なくてよかったよな」

 俺たちが口を噤んで数刻も経たないうちに病室に来た担当医に交渉して、本日中の退院を勝ち取った俺たちは、各々組織の人たちが用意してくれた服に着替えて、正面入り口で落ちあった。

「……大事ないはずがないでしょう。わたしはともかく、白河くんは無理矢理退院してきただけじゃない。奇跡的に主要な臓器に致命的な傷がないとは言っても、身体に穴が開いたのよ? 本当ならベッドから動くことだって許されないわ……」

 まあ、実際かなり無理しているから鳥井の言葉に反論はできない。実際今この瞬間にも、気を抜けばいつ痛みが表情や態度に出てもおかしくない。しかし、今日中に退院しないわけにはいかない理由があるのだから、俺としては仕方ないと言いたい。

「たとえそうでも、約束は守るものだろ」

 俺があの約束を反故にすれば、確実に追求されるに決まってる。それは絶対に避けなければいけないことだし、そもそもみんなに心配をかけたくない。無理をすれば実行可能なことならば、無理をするべきだと俺は思う。

「まったく……。本当に無茶ばかりするんだから」

 いかにも疲れた、という感じで空を仰ぐ。

「――悪い」

 鳥井が心配してくれるのは純粋に有り難いし、嬉しくもある。

 けれど、

「俺は、約束を破りたくないんだ」

 その言葉通り、俺は約束を破ることをしたくない。追求されるとか心配されるとか、そんなことももちろん考えてはいるし本当だけど、結局のところ俺が“約束を破ること(ソレ)”をしたくないだけなのだ。

「分かったわ。もう何も言わない」

 俺の強情さに愛想が尽きたのか、それとも別の理由によるものかは分からないが、鳥井は肩をすくめて不干渉のポーズをとってくれた。

「それじゃ、行くか」

 既に太陽はその姿の半分以上を稜線に沈みこませている。後いくらもたたないうちに御歳市には夜が訪れるだろう。そうなる前に――

「そうね。集合時間も決めてなかったから、早めに着いておくにこしたことはないわね」

 モーントリヒトに向かうとしよう。

 

 

「センパイたち遅すぎですっ!」

 ドアを開けた俺たちを迎えたのは、環のうるさいくらいの大声だった。両手を腰に当てて頬をふくらませている。まあ、環は小さいので、凄まれても子猫が威嚇している程度に微笑ましいとしか思えないのでそこはいい。

 問題なのはドアを開けた俺たちに対する第一声だ。入ってきたのが俺たちじゃなくて普通のお客様だったらどうするつもりだったのだろう、こいつは。今の時間帯は普通に営業中のはずだ。俺たちがいつ来るかも分からないのに、こいつはドアが開くごとに今のセリフを繰り返すつもりだったんだろうか。

 その旨簡潔に説明すると、盛大な溜息でもって返答とされてしまった。

「センパイ。ドアに掛かってる札、ちゃんと読みました?」

「札?」

 俺が疑問符の付いた返答を返すと、また溜息をつく。

「まあ、普段はそんなの掛かってないですもんね。ココは」

 ちょいちょいと手を振って俺を屋外に連れ出す環。一度完全に外に出てから示されたドアには、確かに『closed』と書かれた札が掛かっていた。

「クローズドって、あのクローズドか?」

「そのクローズドですね。間違いなく」

 それなら、お客様が入ってくる心配はないのかもしれないが……

「今日って定休日でも何でもないよな?」

「はい。そもそも定休日であってもこんなのが掛かってるのなんて見たこともないですね。少なくとも環は、ですけど」

 いや、俺もない。ここでバイトを始めてから1年以上経つが、こんなものが存在することすら知らなかった。

 って、そんなことに気を取られている場合じゃない。

「それじゃ、今日って休みなのか?」

 今日ココが使えないとなると問題だ。別にメープルハウスに切り替えてもいいのだが、鳥井が帰る前に一度だけでもココに連れて来ておきたかったのに。

 だが、そんな考えはすぐに杞憂に終わった。

「そんなわけないじゃないですか。だいたいそれなら、どうして環がココにいるんですか。普通に考えておかしいですよねそれは」

 そりゃごもっとも。

「じゃあ、なんでこんなのが掛かってるんだ?」

 件の札を指差しながら、環に答えを求める。

「そんなの決まってるじゃないですか。センパイたちが来るからですよ」

「俺たちが、来るから?」

「店長が『今日はあいつらの貸し切りだ』って」

「店長が――」

 店内に目を向ける。その視線を感じたのか、店長がこっちに向かって親指を立ててウインクしていた。キラッとか、そんな擬音が付きそうな笑顔で。

そんなことさえしなかったら普通にいい人なのに、あの人は何でわざわざそんなことをするんだろうと思わざるを得なかった。いや、当然感謝はしてるんだけどな。

「ってわけで、今日はセンパイたちの貸し切りですから、存分に騒いじゃってください」

 きっと、美咲か葵先輩あたりが店長に話して、それを聞いた店長が貸し切りにしてくれたとか、そんなところだろう。

 そんなことを考えながら、環に続いて店内に戻る。

「改めまして、いらっしゃいませ。センパイ!」

 その言葉が始まりを告げた。

 

「カンパーイ!!

 俺に鳥井に美咲に聡に葵先輩に悠夜先輩に環に店長。今店内にいる全員分の声が谺する。重ね合わされたグラスが響かせる涼やかな音色が、俺には福音の鐘にも聞こえた。

 鳥井と出逢ってから今日まで、段々と日常が壊されていくなかで、色んなものを失ってきた。けれど、それでも得たものはあったし、何よりみんなを失わないで済んだ。それだけでも戦い続けてきた意味があったと思える。

 和気藹々と話し続けるみんなを見ていると、自然と笑顔が浮かんでくる。

「お兄ちゃん。そんなところにいないでこっちに来ようよ〜」

「そーですよセンパイ! こんなときまで一匹狼気取りですかぁ?」

 別にそんなつもりはなかったのだが、あいつらから見るとどうもそう見えるらしい。

「今行く」

 苦笑して、みんなの輪の中に入っていく。

 そうだ。これが俺の望んでいた陽だまり(にちじょう)なんだ。どんなことをしてでも取り戻すと誓った宝物。今、それが目の前にあった。

「ちょっとユーヤ! それボクの料理なのにどうして取っちゃうの!?

「大皿で出されたものを自分だけで独占するな。みんなが食べられないだろう」

「美咲ちゃ〜ん。ワイとゲームでもせえへん?」

「ゲームなら環が受けて立ちますよ聡センパイ。美咲ちゃんを毒牙の前に差し出すワケにはいきませんね!」

「深愛先輩。これ、おいしいですよ」

「ありがとう。美咲」

「彰。これは俺からのサービスだ。存分に飲んでくれ」

「ありがとうございま…………って、これ日本酒じゃないですか! 高校生相手に何飲ませようとしてるんですか!」

 飲んで食べて騒いで。みんなが今このときを楽しんでくれていることが、何より嬉しかった。

 宴は、段々と盛り上がりを見せていくのだった。

 

 

「さすがに、外に出ると寒いな」

 俺は、宴の輪から抜け出した鳥井を追って店外に出て来ていた。その鳥井はというと、星空の下で一人月を見上げている。

「………。そうね。店内が暖かいから余計に」

 誰かが付いてきてるとは思わなかったのか、返答までは数瞬の間があった。

「分かってるなら戻ろうぜ。風邪ひくぞ」

 それだけ言って踵を返そうとするが、「待って」と呼び止められた。

「話したいことがあるの」

「二人でか?」

 一度店内に目をやり、もう一度視線を鳥井に戻す。

「二人きりで」

 振り返った鳥井は始めて見る表情をしていた。色んな感情がない交ぜになった自分を無理矢理抑え込んだような、そんな顔だった。

「分かった」

 俺は店の段差に腰を下ろした。

 店内はまだ盛り上がってるし、ここでも気づかれる心配はないだろう。同じように、鳥井も俺のとなりに腰を落ち着けて、ぽつぽつと、降り始めた雨のように少しずつ、少しずつ話し始めた。

 それは、いつかの夜に鳥井が話すまで俺のほうから訊くことはしないと誓った、鳥井の家族の話だった。

「わたしの家は、お父さんとお母さん、そしてわたしと双子の妹の望愛の四人家族だった。お父さんは物静かでちょっと抜けてるけど、頼りがいがあって。お母さんは快活な人で、厳しいときもあったけど本当は優しくって。望愛は片時も離れたことのない、可愛くて自慢の妹だった。特別裕福というわけじゃなかったけど、あたたかくて幸せだったわ。ずっとその幸せが続いていくんだって、幼かったわたしは、そう無邪気に信じていた……。

 けれど、それは世界を知らない子供の都合のいい盲信だった。忘れもしない、7年前の33日。わたしと望愛の誕生日に、その盲信は最悪の形で裏切られたのよ……。お父さんもお母さんも望愛も、感染者に……! わたしだけが……わたしだけが『光をもたらすもの』に助けられたの」

 平坦で抑揚のないワザと抑えられた声音と、それでも時折交じる感情が、鳥井の心の内を雄弁に物語っていた。

「自分だけ助けられても、どうしていいか分からなかった。ずっとずっと、施設の一室で塞ぎこんでいたわ……。死んだみたいに、何をしようともせずにね……。そんなわたしに生きる理由をくれたのが、夢想具だったの。自分を取り戻す手段としては最低だったかもしれない。でも、必要だったとは今でも思ってる。もし夢想具を具現できなかったら、わたしは今でもあの部屋に閉じこもっていたか、もう自殺して、こうしていることもなかったかのどちらかだと思うから……。

でも、いくら感染者を倒してウィルスを消したところで、わたしの家族は還ってこない。そんなこと、理解っていたはずなのにね……」

 立ち上がって、一歩二歩と前へ進む。

 俺は何も言わず――いや、何も言えず、その背中を見つめ続ける。

「だから、いつの間にか手段が目的にすり替わってしまっていた……。御歳市(ここ)に来るまで、そんなことにも気づけなかったの。白河くんたちに逢えたから、わたしは目を開くことができた。だから――――」

 振り返って微笑む鳥井の目には、強い光が宿っていた。

「ありがとう。わたしも、自分で考えて自分の戦いを始めることにするわ」

「そう、か。俺が言うことじゃないだろうけど、しっかりな」

 本当のところ、ずっとこのままでいたいと思う。

 一緒に学生らしい生活を謳歌したかった。部活したりバイトしたり、放課後の教室の中、些細な話で盛り上がったり、みんなで遊びに行きたかった。

 また、あのオレンジ色に染まった屋上で、互いを感じたかった。

「でも、一つだけ……」

「え?」

「一つだけ、俺もお前に言っておきたいことがあるんだ」

 坐していた段差から立ち上がる。

 伝えようとしていることは、俺なりのケジメだった。これからも戦い続けるという彼女には、もしかすると余計な重荷になるかもしれないけど、それでも。

 鳥井の正面まで、ゆっくりと歩を進める。

「俺さ、お前に逢えてよかったと思ってる。そりゃ、最初は殺されかけたりもしたし、何だコイツは、って思いもした。けど、一緒にいるうちに、いろんなことが起こる度に、いろんなことが分かってきて――――」

 いつからだろう、なんて考えるのは無意味で。

 なんでだろう、なんてことは思うわけもなく。

 ただ、想いが心(ココ)にあるという事実。

今はそれだけが全てだった。

 

「俺はお前のことが、鳥井深愛のことが好きだ」

 

 その一言に胸の内にある想いを余さず込めて、夜風に乗せる。

 ゆっくりと鳥井の双眸が見開かれていく。

 そんなことを言われるとは微塵も思っていなかったのか、震えていた夜気が完全に凪ぐまで、沈黙が続いた。

 

 …………………………

 

 告白したことは後悔してないけど、この沈黙はさすがにちょっと居心地が悪い。

 そのままどれだけの時間が流れたのだろう。時間の感覚が麻痺して、分からない。それに耐えきれなくなって口を開こうとしたそのときだった。

「わたしも――――」

 貝のように閉じられていた口から、不安げに揺れるか細い声が洩れていた。

「わたしも、白河くんのことは好き……」

 普段凛としている鳥井らしくないその声音は、それでもやっぱり鳥井らしいと思った。

 ともすれば、らしすぎるほどに。

「けど、って続きそうな物言いだな」

 瞼を落として、コクンと首を動かす。

 それから顔を上げて、目を開いて、さらに言葉を紡ぐ。

「白河くんも知っているでしょう、わたしがどんな人間か。ずっとナイトメアウィルスを根絶するために戦ってきたの。その過程でどれだけの人を犠牲にしてきたと思う? 何度助けを乞うて泣きじゃくる子供を、その子を守ろうとする親を見捨ててきたと思う? 幾度壊れていく日常の音に耳を閉ざしてきたと思う? 時には自ら感染者を傷つけて、任務を達成したこともあるのよ。そんな人間が、自分だけ人並み(コウフク)に生きようなんて赦されるはずがないの。今まで消えていった人たちに顔向けできないわ」

 鳥井の声は静かだった。

 その表情も凪いでいた。

 それが、俺には悲しかった。俺とは違う世界の人間なんだと語るその姿が。

 そして、これ以上ないくらいの怒りが全身を支配していた。

 今日まで、そんなに長い間じゃなかったかもしれないけど、それでも、俺は鳥井と一緒に過ごしてきて、鳥井がどんな人間か理解してるつもりだった。

 だから、今の鳥井の言葉が、本当に心の底から出てきたモノでないことくらい簡単に分かった。もちろんそれも常に思っていることに変わりはないだろう。けれど、本心を隠すためのその飾られた言葉だけで、納得するわけにはいかない。

 だって鳥井は別の世界の人間なんかじゃないから。俺たちと同じ世界に暮らす、どこにでもいる女の子なんだから。

「――――自分だけが、か?」

 俺の言葉が音になった瞬間に、鳥井の身体が緊張で強張った。

「言っておくけど、それは間違ってるって断言できる。死んだ人を想うこと自体を間違ってるとは言わない。けど、鳥井のそれは間違ってる」

「そうね。間違ってるかもしれない。でも、わたしはそうやって生きてきたの。望愛がいない世界で、わたし一人だけが幸せになるなんて有り得ない。あの子とわたしは二人で一人だった。その片割れだけが幸せになるなんて、裏切り以外の何物でもない」

 先程とは声に宿る重みが明らかに違う。

 それは、感情の重さでもあった。

「じゃあ、お前の妹はそんなこと望んでるっていうのかよ。そんなことあるわけないだろ。死んだ人間は何も望まないんだ。望めないんだよ! 勝手に人の想いを捏造すんな。そうやって十字架と自分を鎖でくくりつけて立ち止まるのがお前の戦いかよ! 戦うって決めたなら、自分とも戦えよ!!

 だから俺も、叩きつけるように言葉を投げる。きっと鳥井も分かってるはずなんだ。その証拠に――――。

 鳥井の目には光るものがあった。

 それでも、鳥井は視線を逸らさずに、俺のことを見ている。

「………。分かってる。本当は、ずっと理解ってた。きっと、誰かに背中を押してほしかっただけなの……。そう。望愛を言い訳にしていいはずがないのよね。それだと、望愛が浮かばれないもの。だから――――」

 零れ落ちる涙はそのままに、

 左手を胸にそっと添えて、

 その口許に、淡くあえかな微笑を刻んでいた。

 

「好きでいて、いい? これから先ずっと、好きでいていい?」

 

 その問いに言葉を返すことはしなかった。

 その代わり、ゆっくりと鳥井との距離を縮めていく。

 すぐに距離は縮まった。

 互いの瞳に互いが映るほどの近さ。

 見た目だけじゃなく、心の動きまで分かりそうなほど近い。

 恐る恐る、鳥井の右手が俺に触れる。

 つい、と目を閉じて顔を上向ける。

 俺も鳥井を抱き寄せる。

 左手も、遠慮がちに俺の右腕をつかんでくる。

 次の瞬間、二人の距離はゼロになっていた。

 重ね合わされる唇と唇。

 何も考えられない。

 ただ、鳥井だけを感じていた。





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